スポンサーサイト

category: スポンサー広告  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--_--_--

フォーマルハウト-ある焼け落ちた家屋で発見された手記-後編

category: 黒山羊  

どうもお久しぶりです、黒山羊です

投稿の約束をして7か月も何してやがった、久々の更新なのに遅れたのかなど言いたいことがある方もいるでしょう

……スランプです、単純に、ハイ
すみませんでした、いや本当に
遅れたのに関しては、パスの再設定ができなくなり、部内でゴタゴタしていました

では、作者の見苦しい言い訳はこの辺で
今回は今年の「Begin‐U」掲載のフォーマルハウト・後編、そして終編の連投になります

まずは、後編を、どうぞお楽しみください
 

    5

 赤不浄村は、家屋の軒数からして、かつてはH村と同程度の人口だったのではないかと思う。もしかすると、閉鎖的な村である分、人口の流出が少なく、村人はより多かったのかもしれない。
 しかし、いずれにしても、いまや朽ち果てつつあるこの村にいる人間は、私だけであるはずだった。
 私が抱いていた疑問、つまりは一連の事件の根底にあったのは何なのかという問いに、最も具体的な説明を与えてくれそうなのは、村の中心に居座るあの屋敷であることは明白だった。
 しかし、私は先に村全体、要するに廃屋と呼ぶのすら甚だ疑問な、十数件の家々を見て回ることにした。
 屋敷に向かおうとした際、ふと目をやった家屋の先に、人影を見たように思い、そちらに行ってみると、人はいなかったものの、紛れもない足跡を見つけたからだ。私だけがいるはずの、この辺境の廃村で。
 足跡は、彼岸花の上からついていたため、詳しい形は判別しかねたが、大きさは三十センチ程で、最近ついたもののように思われた。
 私は村の入り口のある東側から時計回りに廃屋を回ることにしたのだが、直ぐに涸れ川の中を通ることになった。
 涸れ川は幅十メートル程、深さは最大で一メートル程しかなかったが、岸は急峻で、彼岸花は一切咲いていなかった。代わりに、胸の悪くなる悪臭を放つ、半透明の泥とも粘液ともつかない物質が川底のあちこちにこびりついていた。
 その悪臭は今まで嗅いだことのないもので、あえて形容するならば、動物の糞や死骸などの臭いを十数倍強烈にしたうえで、それらに特有の、言うなれば「自然らしさ」「生き物らしさ」をごっそり欠落させたような臭いとでも言えばいいだろうか。
 それは鼻を手で覆っていても、鼻が曲がるどころか、目や口の粘膜が痺れてくる程のもので、私は早々に反対の岸に上がり、一軒目の廃屋へと足を急がせた。
 廃屋へ向かう途中、意外にも、このような異常な村にも動物がいるようで、近くで鳥の声が聞こえた。ただ、ひどく耳障りで、調子のはずれたような声だったのだが。
 直ぐ近くに来てみて分かったが、廃屋は想像よりひどい状態だった。瓦はほとんど砕けて、地面に落ち、建物全体が三十度近く傾いていて、倒れていないのが不思議な程だった。
 倒壊する危険もあったはずだが、この時の私に、そんなことは瑣末な問題でしかなく、もしかすると無意識に自らの死を望んでいたのかもしれない。だが、廃屋は崩れることなく、すんなりと私を中に招き入れた。
 どうやら、大黒柱が無事だったおかげで、倒壊を免れていたようだったが、それでも、いくつかの部屋は潰れており、調査できそうな場所は存外に狭かった。
 土間から虫喰いだらけの畳へと上がると、そこを根城にしていたのだろう。二股の体の奇形の蚰(げじ)とも百足(むかで)ともつかない虫が這い出していった。どこもかしこも塵と埃まみれの上、腐りかけた畳やら木材のせいで、ひどく足場が悪く、何度か床板を踏み抜きそうになった。
 ただ、そんな状況のおかげだろうか。私は足先に当たった固い感触を実に敏感に察知することができた。
 埃に完全に埋もれていたが、それは紛れもなく、人間の白骨死体で、下半身は崩れた木材の下敷きになっていた。その際の怪我で失血死か、そのまま動けず餓死でもしたのだろう。
 この発見は些か私を驚かせた。白骨死体だったからではない。この遺骸の、背骨の中心辺りに、三本目の腕の関節があり、頭骨の本来耳の穴があるべき個所、その右にもう一つ小さな顎骨、左に蝶形骨─―眼球の入る窪み―─があったからである。明らかな奇形だった。おそらくは、四方を山に囲まれた排他的な村という、閉鎖の極みとすら言える状況下での近親交配の成れの果てだったのだろう。
 同じ人同士の交配で、このような化け物が生まれ落ちるという事実に、胸を悪くして、目を背けようとした時、遺体の首に何かが鎖で掛けてあることに気がついた。
 それは、黄色がかった金属製のプレートで、形状は長方形だが、首にかけたとき下側に来る短辺は、高層ビル群が立ち並んだような、深い「山」と「谷」があり、何かの鍵のような印象を受けた。埃を落とすと、何やら無骨な文字の彫刻が、うっすら残っているようだった。書体がかなり崩れていたが、八つの漢字が彫り込まれており、二文字の同様の単語が二回繰り返された後、四文字の単語が彫られていることは読み取れた。といっても四文字の単語の後半の二文字は彫りが特に薄く、辛うじて漢字ではないか、という印象を受けるに過ぎなかったのだが。おそらくは、もともと日本の言葉ではない単語に字を無理やり当てたもので、いまだにその意味は分からないが、一応書き記しておくことにする。

 喂啊 喂啊 怕主??

 あえて読もうと思えば、前の二つは「いあ」だろうか。最後は「はくしゅ」「びゃくしゅ」などと読めるが、前の二つに比べて読み方が多い上、残り二文字が読み取れないので、少なくともこの時点での推測は不可能だった。
 ただ、邪教の徒が蔓延る村だったのだから彼らの邪神への祈祷文というのは、いかにもありそうなことだった。とりあえず、プレートは持っていくことにし、残りの廃屋を虱潰しに回った。数軒は完全に倒壊しており、潰れた家屋全体に、川底にあった半透明の泥がこびりついていた。また、いくつか白骨死体が見つかったが、そのどれもが最初の廃屋で見つけたものと同じような奇形ばかり。その上、見かけた野ネズミやらトカゲやらも、例外なくどこかおかしいという有様だった。

    6

 あらかたの探索を終え、丘の上の屋敷へと向かう頃には、日はほとんど沈んでしまっていた。私はLEDランタンを腰から下げ、胸にバッジ型のライトをつけることで、光源を確保しつつ両手を開けて、慎重に屋敷へと近づいて行った。
 間近で見てみると、平屋ではあったが相当広そうで、やはり廃病院や打ち棄てられた寺社などにあるような、人を寄せ付けない雰囲気を目を背けたくなる程に発散していた。そのある種の毒といっても差支えない印象を、左隣に半ば寄生するようにして屋敷と同化し、大蛇にも似た幹をのしかからせ、死人の毛髪の如き捻じくれた枝を垂れ下げている、ひねこびた、瘤だらけの奇形の梅の大樹が、悪魔的な様相を呈するまでにしているのだった。それが無くとも、増改築を繰り返したらしいせいで、子供が滅茶苦茶に書き殴ったように歪んでしまった外形と、併設された外からの入り口の見当たらない、はみ出した内臓を思わせる蔵だけで不快感は充分だというのに。のしかかっている幹の重みで、ますます屋敷の外形はおかしな方向に崩壊し、見ていると、だんだんと視覚が狂っていくような気がした。
 入口の扉は歪んで開かなくなっていたので、仕方なく蹴り破って中に入った。相当な衝撃を与えたので、倒壊しないか不安になったが、不思議と、屋敷はビクともしなかった。辺りを見渡すと、直ぐにその理由が分かった。表にあった梅の老木の枝や幹が、崩れかかった柱や壁に、蔓のように根を張り巡らせていたのである。それはまるで、あの奇形の梅が、自ら意志をもって屋敷を支えているようで、ひどく気味が悪かった。見た目もまさに最悪といった感じで、縦横無尽に張られた根が、もはや血管の類にしか見えず、微かに漂っているあの半透明の泥の悪臭も相まって、化け物の腹の中を、奥へ奥へと歩いているような心持になるのだった。
 思っていたよりも、捜索する範囲は狭かった。というのも、玄関付近から奥は、かなりの範囲が廊下に割かれており、それが、三肢路があったり、平屋だというのに上り坂があったり、果ては緩やかなカーブを描いている場所すらあって、部屋自体が中々見つからなかったからである。外敵を警戒していたのだろうかと思ったが、それにしてもこれはあまりにも狂気じみていた。私は当面、なんとなく気になった蔵を目指そうと思っていたが、普通の角度の曲がり角一つとっても、一方向にしか曲がっていなかったりして、方向感覚など早々に失われてしまった。
 板張りの床は歩いている間、終始キイキイと癇に障る声で鳴き続け、時折、ミシリといかにも抜けそうな音を吐き出す度に驚いて飛びずさる――そんなことを繰り返しているので、中々思うように進めなかった。それでも何とかして蔵にたどり着くまでに、いくつもの部屋を通り過ぎた。大抵は黴臭い空き部屋だったり、オカルトじみたガラクタや風化しきって読めなくなった本が放り込まれた部屋だったりした。
 ただ、その中にひときわ私の興味を引いた部屋がいくらかあったので、順に記していくことにする。
 初めに気にかかった部屋は、和風のこぢんまりとした居間といった感じで、狂気が蔓延しているこの屋敷にあって、唯一、日常を感じさせるものがあった。もっとも、部屋に充満する、あの悪臭が一層強いことを除けば、の話だが。
 比較的、腐敗が進んでいない畳。分厚い埃が積もりに積もった、かつては重厚な雰囲気のあったであろう座卓。蟲が食い破ったらしい座布団が数枚。そして何より私の目を引いたのは、入って左手の壁に埋め込まれるようにして設置されている、この部屋には不釣り合いな程に立派な仏壇――邪教の村に有るものをそう呼ぶべきなのかは疑問だが、形状からしてそうとしか言いようがなかった――であった。
 幅一メートル、高さ二メートル程のもので、何か高級そうな木材が使われているようだった。重い観音開きの大戸を開けると、直ぐに古い黄ばんだ写真が飾ってあるのが目に入った。写真立から外して見てみると、端の印字を辛うじて読み取ることができた。
 撮られたのは89年で、どっしりとした屋敷と梅の大樹を背景に、四人の人物が立っていた。
 右端に、辺境の村にしてはがっしりした体つきに、そこそこ上背があるにもかかわらず、ひどい猫背のせいで身長が低く見える老人。10年間ほったらかしにしたカビのような白髪と髭、夜の谷底の如く真っ黒に刻まれた眉間の皺、そして何より、写真越しでさえ腐汁とタールとが混ぜこぜになったようなじっとりとした視線を投げかける黄色く濁った三白眼が目立つその顔は、厳格さを容易に上回る不気味さと醜悪さを内包していた。おそらくこの老人が赤駒巽だったのだろう。写真の中の彼はどこか不機嫌そうで、写真を撮ることに不満を抱いているような印象を受けた。
 真ん中で写っている他の三人は、身長190センチはあろうかという長身痩躯の女性、その女性が抱いている赤子、薄紅色の地の梅の柄の着物をだぶつかせている4、5歳の少女だった。写真が撮られた年は梶村のアパートで見つけたあの忌まわしい紙片からすれば、梶村が生まれた年に相違なかった。そうであるなら、この赤子は梶村、長身の女性は母親の希、着物の少女は姉の千春ということになる。
 巽と同じくらい、いやそれ以上に目についたのが母・希であって、高すぎる背丈と骨ばる程にやせ細った手足のせいで、針金を連想させる体躯を除けば、非常な――むしろ異常なというべきか――美人だった。肌も、髪も、淡雪のように白く、そのためにひどく肉惑的な真紅の口唇と、妖しげな薄紅色の瞳とが、色褪せた写真の中で切り取られたかのように際立って見えた。しかしながら、自らの幼い息子に向けた穏やかで、かつ儚げな瞳と、それを抱く優しげな手つきが窺えるために、子を愛する一人の母にしか見えず、邪教に関わる人物だとは到底思えはしなかった。
 それはもちろんその足元で無邪気にはしゃいでいる娘も同じであって、天真爛漫そうに見えるこの少女が、わずか八歳で死んだという事実は、狂気のただ中にあった私の脳裡に、常人の抱く一等まともな同情心を僅かばかり思い起こさせたのだった。
 とはいえ、それを最後に有益そうな情報は無くなってしまったという事実は、その僅かばかりの同情心を塵のように吹き飛ばし、私の関心は仏壇のより詳細な部分へと移っていった。
 雑然と並ぶ仏具の種類や配置は、異なる宗派が混じっていたり、そもそも仏具ではないものも並んでいたりして、少し知識を齧っているものが見れば、そのことが一目瞭然といった状態であった。位牌には見たこともない捻くれた文字が彫られていたから、やはり正確な意味合いでの仏壇ではなかったのだろう。引き出しにもマッチはおろか線香も入っておらず、色褪せた金色の象嵌がされた黒いブローチが一つ、和紙にくるまれて入っているだけだった。このブローチに特に目立って私の気を引くようなところは無かったはずだが、私はほとんど無意識にそれをポケットに押し込んでいたらしく、後々それに気がつくことになる。
 こうした入念な探索を続けながらも、私はこの部屋の、他より強烈に充満するあの匂いが気になって仕方がなかった。しばらく鼻をひくつかせながら、フラフラと狭苦しい部屋を、行ったり来たりを繰り返した末に、私はようやく、臭いの発生元が仏壇に接する――つまりは私が気の違った徘徊を始める前に立っていた場所の――畳からであることを突き止めた。
 もしやと思い畳を、ともすればバラバラにしかねない勢いで剥がしてみると、畳とほぼ同じ大きさの扉が姿を現した。腐った畳の残骸からは、名も知らぬ奇形の虫たちが暗雲のように群れを成して這い出した。中には腕を上ってきて背中や顔を狂乱して這い回るものもいたが私は全く気にならなかった。
 その時の私の意識は、黄色がかった金属でできた、重厚で、鈍い輝きを放つ錠前に釘付けになっていたからである。私はすぐ様あの奇形の白骨死体の首にかかっていた鍵を錠前に差し込んだ。鍵は何の抵抗もなく、むしろ鍵穴に吸いこまれるようにしてぴったりとはまり、手首を捻ると、音もなく錠が開いた。
 そうして何も考えず、私は扉と周りの床の間に強引に指を突っ込み、爪が割れるのも気にすることなく、持ち上げ、放り出すようにして開いた。
 扉の下は急峻で削れた石階段になっていたのだが、それが直ぐさま私に知れることはなかった。扉を開けた途端、塊と化した凶悪な臭気が、私の顔面を直撃したのだ。恐らく私は穴を覗き込む形で頭から穴に落ちたのだろう。だろう、というのも、醜悪な怪物の口腔を思わせる穴ぐらから這い出たその臭気は、私から視覚や嗅覚はおろか触覚や平衡感覚までもを奪い去るのに十分だったために、このとき私がどのように石階段の中腹で倒れこむ状態に至ったのかは推測の域を出ないからである。
 体のいたるところを石材で殴打したらしくあちこちから出血し、吐き気を意識することも無く嘔吐していたが、それを知覚するのに半時間以上を要したほどに、私の感覚は麻痺していた。何とかして平衡感覚を取り戻し、穴ぐらから這い出した私が理解したのは、あの透明の泥やこの屋敷中に漂っていた強烈な臭気は、数十年を経過してもなお強烈だったのではなく、数十年を経過し、相当に薄まったおかげであの程度の臭いになっていた、ということである。
 私はひとまず穴ぐらの奥に進むのは止め、屋敷の探索へと戻ることに決めた。穴ぐらの奥には事件の真相について最も決定的な何かがあることは疑いようがなかったし、狂人の真相究明についての熱意と無知への恐怖は今思い返してみても恐るべきものがあるが、これらの要素をもってしても、あの狂気の口腔の先に感じられた途轍もない恐怖と、進んではもう戻ることはできないという予知にも似た確信は、私の歩みを当初の目的の蔵を目指すことへと向けさせる程のものだった。
 その後相当な時間をかけた探索の末、蔵へと行きつくまでに私の気に止まった一連の部屋があった。
 部屋は壁も床も石材で、入って一メートルの場所に木材が格子状に組まれている、いわゆる座敷牢だった。格子戸は空いていたため、中に入ると、壁といわず床といわず、大小様々な爪痕――正確にはそれと思しきもの――だらけだった。
 浅学な私には床や壁の材質が何なのかは分からなかったが、鉈で切り付けても大した傷はつかなかったことから、傷をつけた爪と思しき何かは、相当硬いものであることは間違いなかった。
 その考え通り、というべきだろうか。
 部屋から出ようとした私の目に飛び込んできたのは、ほとんど切断された幅二十センチほどの固い木製の格子だったのである。
 この後、さらに二つのより規模の増した座敷牢を発見したが、二つ目はおよそ五十センチ、三つめは一メートル幅の格子が見事に切断されていた。石材の傷も深さが十センチに及ぶものすらあった。さすがに私は戦慄し、この牢に入っていた何かが、生きてこの屋敷をうろついていることのないように願った。ただ、この一連の座敷牢には共通してさらに気になる点があって、そのことがこの何かに対する恐怖心の中に些かの好奇心を混じりこませたのもまた事実である。
 それは、切断された──もしくはされかかった──格子の断面に引っかかっていた女性の着物の切れ端だった。
 柄はどれも梅の花で、三つの牢に同一の梅の着物を着た何かが入っていたということを示唆するものだった。梅の花ということが仏壇の写真にあった梶村の姉・千春を思い起こさせたが、八歳で死んだ少女にあのような怪物じみた芸当ができ得るはずもないのだった。
 その考えは全くもって馬鹿げている。私はそう結論づけ、何か重大なことを忘れている、否無視しているような気持の悪さを抱えながらも、牢から逃げるように足早に歩を進め、とうとうあのはみ出した内臓じみた蔵へと辿り着いた。
 そこが蔵だと分かったのは、まず引き戸に格子付きののぞき窓があって、そこから屋敷を外から見たときに発見した蔵の天井近くにある明り取りから射し込む月光が、はっきりと見て取れたからである。
 月明かりのおかげでのぞき窓から見て取れたことは、今までの興味の湧かない部屋と同様、多種多様なガラクタが放り込まれていること、それに混じってミイラ化した人の死体の一部と思しきものが散乱していること、そして、最も私の興味を引いたことには、蔵の奥の暗がり、月光の届かない薄闇の棲み処に、着物を着た人型の何かが寝かされていたことだった。
 それに気づいた時には、ちょうど屋敷の外で、例の調子外れの鳥──おそらくはウグイスだろう──が鳴き始めたこともあって、みっともないほどに驚いたが、様子を窺い続けるにつれ、動く様子はなくどうやら死んでいるか、そもそも生き物ではないようだと分かり、私は慎重に蔵へと足を踏み入れた。
 近づいていくと、どうやらその人型の何かは、ミイラ化した人の死体であることが分かったが、その容貌は梅の柄の着物を着ていることを除いては、とても人の死体と呼べるようなものではなかった。
 全長はおよそ二メートルの女性体。両手足が異様に長く、全身が爬虫類か魚類の合いの子のような鱗でびっしりと覆われていた。そのくせ顔はゴムのような弾力のある皮に覆われ、下顎に沿うようにして頭足類の触手のようなものが無秩序に生える。やたら量が多く、いやらしい光沢を帯びた黒の長髪は巨大なサナダムシが群れを成しているかのようだった。手の指だけは人と同じ五本だが、その先には未だに抜き身の刀のような輝きを放つ、太さ三センチ、長さ一五センチ程のかぎ爪がある。足の指は手の指と対照的に人と全く異なる八本。そのうち真ん中の五本は哺乳類と爬虫類の両方の特徴を併せ持ち、さらに足の前半分の右側面から二本、左側面から一本ずつ、頭足類の触手にあるような吸盤らしきものを備えた指があった。
 明らかに、梶村の部屋のベランダに足跡を残した何かと同種の生物で、このきわめて実際的な、地球の暗き片隅にのみ、跳梁跋扈することが許されるべき旧世界の支配者どもの存在の証明は、すでに全く狂ってしまったと思われた私の精神を抉って然るべきものだった。
 しかしこのような悍ましき証明よりも、何より私を慄かせたのは、全くどれをとっても人などとは呼べないこの異形のミイラに、過去は人だったのだと訴えかける鬼哭の如き何らかの要素が、明らかに存在していたことである。
 この要素のせいで再び鎌首をもたげようとする邪悪な蛇を、私は幾度も幾度も頭を振って鎮めようと努めるほかになくなった。あの調子っぱずれのウグイスはなおも鳴き続けていて、私を苛立たせた。その鳴き声は何か致命的な暗示のようだったが、なぜ苛ついたのか今でもその理由はわからないし、これから先分かりたいとも思わない。
 ただただその鳴き声が不愉快で、全くそのことが原因で私は蔵を後にし、あの穴ぐらの奥に進むことについて、ようやく肚を括ったのだった。

(続)
スポンサーサイト
2017_03_14

Comments


 管理者にだけ表示を許可する

08  « 2017_09 »  10

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

FC2カウンター

プロフィール

えびじゅう

Author:えびじゅう
海老銃へようこそ。
このページは文芸創作サークル・海老銃の作品掲載をしています。
無断転用・荒し・勧誘はお断りしています。
コメント、批評は大量に受け付けております!

Twitter

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

今日はどんな日?

全記事表示リンク




page
top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。